経営者として活躍するOB

マネジメント・インスティチュートに参加・修了され、現在経営者として活躍されている方々に、コース参加当時の思い出やその後の仕事への活用、またご自身の経営観について伺いました。

「経営者に向けた厳しい試練の日々、そこで学んだ“共感経営”」

(2024年5月29日)

河野 誠氏
2012年度「エグゼクティブ・マネジメントコース」修了
河野 誠 氏
株式会社キッツ 取締役  代表執行役社長

2012年に「エグゼクティブ・マネジメントコース」(EMC)を修了され、2021年に社長に就任した河野さんに、参加時のエピソードや気づき、これまでのビジネスキャリア、そしてご自身の経営観・ご持論等について伺いました。

聞き手:曽根原 幹人(日本能率協会 経営研究主幹)

EMCへの参加・・・期待される喜び、そして多くの出会い・体感

EMC参加に指名された時は嬉しかった。当社から初めての参加者であり、また、経営幹部候補の一人だよ、と会社から“意思表示”をされたことが感じ取れ、まさに「期待される喜び」を実感した。多忙な時期ではあったが、私のモチベーションはコース期間中も下がることがなかった。
開講して最初のプログラムで経営の「倫理観」について深く考えることができたのは、自身の経営者としての在り方を見定め・基軸を形成するのに重要な機会であった。優れた戦略や新しい知識をインプットするより大事なことであったと思う。一流の企業幹部との濃い交わり、講師陣の厳しい指導もあり、プレッシャーは強かったが、議論に貢献しようと積極的に発言したことを思い出す。中でも経営者講演では、経営実務の経験からくる身に焼きつくような言葉に、身震いすることもあった。社内にいるだけではできない経験が多くあった。
また、ミャンマー合宿では、“アジア最後のフロンティア”と称された国が今後どう豊かさを獲得していくのか、その魅力や現実を体感でき、後の当社のASEAN戦略にも活かすことができた。

研修後の頻繁な異動で、全社経営視点を獲得

EMC参加前に、中東でのプロジェクトで大きな失敗をし、会社に損害を負わせてしまったことがあった。その時、2代目社長で、当時の最高顧問は「高い授業料だったな、一生かけて返すんだな」と再びチャンスを与えてくれた。私を目覚めさせ、会社を背負って立つ一員になろうと覚悟を決めた出来事である。

河野 誠 氏

 その後、コースに参加し、長く営業畑だった私が、生産管理、事業企画、経営企画(執行役員就任)、ASEAN地域統括(シンガポール駐在)、バルブ統括本部長(常務)と、1~2年毎に異動になり、社内の大半の機能・部門を経験することとなった。組織によっては、自身が所属していた営業部門との関係性で、 “居心地の悪さ”を感じることもあったが、全社最適で良くしていこうと、方向性や思いを語り、関係構築に努め、信頼を獲得してきた。今振り返ると、コースで学んだことを実践する場であり、経営者としての視座・責任感を醸成する大変良い経験だったと思う。

“共感を得る経営”で一丸となる力を引き出す

私の経営持論は、「共感を得る経営」。企業は経営者だけが頑張っても意味がない。社員全員の力を引き出す経営の努力が求められる。ビジョンを掲げ、戦略を策定し、実行に向けて発信したり熱く語ったりしながら、自身の想いを組織に浸透させていく。故・稲盛和夫氏が私の理想像である。
 異動した先でも、部門の責任者として、組織全員に、着任の目的や自身の志・夢、そして、やりたいことを明確に、刷り込むように伝えてきた。コースの最終プログラムである「社長就任模擬演説」の経験もこの伝える力に繋がっている。共感を得て人をその気にさせ、巻き込み、組織を一枚岩にして前に進めるリーダーシップが経営者にとって最も大事であろう。

以上

「確立した個性」を持つ仲間との“真剣な対話”が醍醐味

(2024年1月26日)

玉置 和彦 氏
2015年度「エグゼクティブ・マネジメントコース」修了
玉置 和彦 氏
日鉄ソリューションズ株式会社 代表取締役社長

2015年に「エグゼクティブ・マネジメントコース」(EMC)を修了された玉置社長に、参加時のエピソードや気づき、これまでのビジネスキャリア、そしてご自身の経営観・ご持論等について伺いました。

聞き手:曽根原幹人(日本能率協会・経営研究主幹)

率直に“嬉しかった”EMCへの参加

EMCへの人選が自分に決まったとき、率直に嬉しかった。当時私は人事の責任者をしており、過去に参加した諸先輩が「良かったよ、お勧めだよ」と評価していたので、期待値高く、楽しみに参加したことを覚えている。参加したのは新任執行役員の時。そのタイミングもあってか、EMCは、「経営者とは、役員とは何をする存在か?どんな素養、どんな考え方が求められるのか?」を考える機会となった。
同期メンバーもユニークで、みな“確立した個性”を持っていた。そういったメンバーと対等に向き合い、交われることに、回を増すごとに喜びを感じた。ただ、皆やんちゃな部分もあり、自分の会社のここが問題だ、とか、いつ会社を辞めようか(笑)等、飾らずざっくばらんに話をする人が多かった。それだけ問題意識の強い人たちが選ばれてきたのだろう。EMCは「心理的安全性」の高い場で、胸襟を開き、皆自身の思いや考えをぶつけ合った。あれから8年、今となっては、皆会社を辞めず、各社で経営者や要職を担っているわけだから、自社へのエンゲージメントも高かったのだと言える。
各講師との対等な対話・議論も多かった。「皆、いい質問をするし、いい意見を言うな」と感じたものだ。それぞれ、自社の社員というよりは、一人の社会人として発言をしていたと思う。私も刺激されていろいろ発言したことを覚えている。

玉置 和彦 氏

思い出深い海外・国内合宿と2つの演習プログラム

私が参加した年にバングラディッシュでテロ事件が発生し、日本人2名が犠牲となった。ちょうどその事件の当日に海外合宿の初日を迎え、目的地のバングラデシュに向かうため、メンバー・事務局は乗継地のシンガポールに到着。そのシンガポールで事件を知り、チャンギ空港において、メンバー全員で「これからバングラディッシュに行くべきか否か」話し合った。難しい対応を迫られたが、地政学リスク対応、危機管理のあり方を我々自ら実体験したシーンであった。
国内合宿も印象深い。北海道・夕張に行き、当時の市長で現・北海道知事の鈴木氏と対話をしたり、宮城県石巻市に行き、東日本大震災時に現地のイオン店長をされていた方との対話をしたりした。「社会的存在としての企業はどう振舞うべきか」「自分だったらどうしていただろうか」・・・、どれも忘れられないプログラムである。
「社長就任模擬演説」の体験も強烈だった。当時はまだ役員になったばかりで、確固たる考えは持ち合わせていなかったが、演説に向け、初めて経営者として何を話すべきかを考えた。 “経営者として覚悟を持つ”ことを経験し、やっておいて本当に良かったと感じている。また、「共同テーマ研究」も、経営者としての思考に強く影響した。尖った「問い」を立て、物事や事象の本質に迫る、大変良い思考の訓練になった。

人事と事業責任の修羅場で、“人や組織の力を引き出す”大切さを実感

私は、旧新日本製鉄に入社し、早い時期に新規事業である当社事業に移った。当時は事業がなかなかうまくいかず苦労し、新日鉄本体から、事業としての自立化を迫られ、30代前半のころに、人事リーダーとして所謂リストラクチャリングを担うこととなった。多くの社員を他事業や他社に移ってもらい、また、事業に必要な人材をキャリア採用するなど、人材ポートフォリオの入れ替えに奔走した。大変な苦労をしたが、結果、事業の方向性が定まり、良い方向に動き出した。その時、「選択と集中」が事業の成長に必要で、時に大きな意思決定が経営には大切なのだと学んだ。また、会社として誠実に社員に向き合い対応することの重要性を学んだ。
EMC修了後2年間、流通・サービス事業部長を担った。同事業は伸び盛りで、大型受注もあればトラブルも多かった。毎日がまるでジェットコースターのような状況で、大変密度の濃い2年間だったが、試行錯誤の中、部下が発奮し知恵を絞って困難を乗り越えて大きな成果を出す体験だった。当時の上司はそのシーンを「スクラムトライをしたな!」と表現したが、やはり人・集団の力の最大発揮が事業・経営の醍醐味だろう。

玉置 和彦 氏

「会社をどうしたいか」自らの言葉で語る

トップになって思うのは、やはり「会社をどうしたいのか、自らの言葉で語る」ことが大事だと思う。社長就任直前に、社内外から「あなたは社長としてどうしたいのか?」と問われ、自らの理想をあらためて考えた。経営にコミットし、人に語る。そして実現のために精いっぱい努力し、できなければ自分の責任。まさに“覚悟の意味”を悟った。
私の経営の基軸は「社員の幸せを大事にする」こと。社員が、仕事への喜び・やりがい・成長実感を持てるような会社にしたい。そのために今、次の経営ビジョンの策定に取り掛かっている。今後に期待していただきたい。

以上

「現場第一主義」と「人財は全ての基本」が私の信条

(2024年1月18日)

大崎 篤 氏
大崎 篤 氏
株式会社SUBARU代表取締役社長

2015年「プロフェッショナル・ビジネスリーダーコース」(PBL)を修了、そして2021年に「新任取締役セミナー」にご参加された大崎社長に、参加時のエピソードや気づき、修羅場体験やご自身の経営観について伺いました。

聞き手:曽根原幹人(日本能率協会・経営研究主幹)

初めての「他流試合」経験、経営全体を学ぶ機会に

PBLは非常に思い出深い。私が品質保証部長の時に会社派遣で参加した。社外の他流試合型研修に参加したのはPBLが初めてだった。それまで、自工会など同業の集まりでの議論はあったが、異業種の研修参加の経験はなかった。自分は技術畑で、経営には縁遠いと思っていたが、ケース企業の経営分析を行い、社長や役員と対話をしながら経営課題の解決策を考え、仮説を検証するという、課題形成~解決のアプローチを考えるという、いわゆる「経営のオペレーション」をこの時初めて知ることができた。
チーム研究・提案の結果について、自分の所属チームは惜しくも2位だった。悔しさが残ったが、自分たちとしてはケース企業の経営に必要な提案であり、一定の影響を与えることができたと、達成感を感じたことを覚えている。なお、「コストマネジメント」に関するチーム研究の提案内容は、研修後、自社の課題解決にも非常に役立った。

経営者としての“覚悟”を決めた取締役セミナー

2021年に取締役に就任した直後に参加したこのセミナーは、まさに「経営者としての覚悟を決める」3日間だったように思う。何よりも、経営者講話が印象深い。活躍する経営者の生の声を多数聴くことができた。自分が大切にしてきたことやこれまでの判断を検証したり、自分の考えを自問自答していくような事例が多数紹介された。まさに、生のケースステディをたくさん学んだ収穫の多い3日間であり、経営者としての責任や覚悟を強く認識したことを覚えている。欲を言えば、もっと侃々諤々の議論を参加者同士でたくさんしたかった。

2度の強烈な修羅場体験が今の自分を形成する

1つは、40歳前後のころ、会社を8年休職し労働組合の専従を務めたこと。書記長まで務め、労組のヒト・カネのマネジメント経験をした。その書記長時代、会社の業績が非常に悪く、700人の希望退職をせねばならなくなり、労組は組合員である従業員の雇用を守るのが仕事なのだが、それを受け入れざるを得ず大変辛い思いをした。当然組合員からは厳しい言葉を浴びせられ、また胸ぐらをつかまれるようなこともあった。自身の存在を否定された、強烈な経験だった。この経験から、「経営とは雇用を守ること、これは何かを考える際に雇用を天秤にかけてはいけない」と強く心に刻んだ。
もう一つの修羅場は、2017年秋の検査工程の不適切事案である。当時、私は品質保証本部長を務めており、事態の収束まで2年を要した。事業の急速な成長に、現場と品質が追い付いていなかったし、現場の出来事を経営は認識できていなかった。やはり製造業は「現場第一」(現場・現物・現実)であり、経営者は現場に降りていかねばならない、と肝に銘じ、これは社長になっても変わらないポリシーとしている。経営にインプットされてくる定量情報に加え、現場での対話から把握出来る定性情報を常に照らし合わせ、そこで生じる違和感が課題解決の糸口となる。

「現場第一主義」と「人財は全ての基本」が私の信条

持論を言うならば、やはり「現場第一主義」である。まさに“答えは現場にある”。そして「人財は全ての基本」、経営は人がすべてだ。この2つが私の経営の基軸である。
人財に関していえば、 “とんでもない人財、突拍子もない人財”ある種の“変態”な人財を大事にしていきたいと思っている。こういった人財こそが未来の価値の“種”(良い発想)を持っており、そして、そこに光を当て、育てていく人(土壌・風土)が当社の将来を創っていくと信じている。当社の歴史は、“危機と神風”の歴史である。経営が厳しいときに、キラッと光るテクノロジーが生まれ、経営を立て直すことができ、今に至っている。代表例が「アイサイト」である。こういったテクノロジーは“とんでもない人財”が手掛けてきた。そして、そこに光を当て、上手に技術開発や事業化を担う人もいた。こういった人財と組織風土を私は育んでいきたい。

リーダーはどんどん外に出て、自己を客観視するチャンスを掴め

私は、幸いにも、会社のほとんど全ての機能を経験してきた。異動のチャンスがあれば、できるだけ手を挙げ、チャンスをつかむようにしてきた。決して経営者としての準備のためではなかったが、違うことをする好奇心・ワクワク感、そして達成感を感じることができた。その経験が今に生きている。これからのリーダー候補者には、是非チャンスを自ら掴みに行ってほしい。一つの仕事や部門に固執せず、多くの業務や機能を経験してほしい。加えて、社外に出て異業種の人たちと交流し見聞を広げる。そうすることで、自部門や当社の立ち位置、そして事業・経営の全体像が見えてくる。
また、経営感覚を養うために子会社の社長を経験するとよいだろう。30代後半くらいに子会社に出向し経営を担い、全社視点を養うとともに修羅場を経験することで経営者としての資質が磨かれる。そこで活躍したら親会社に戻りさらに活躍するようなキャリアパスが有益だ。もちろん、大失敗しないよう親会社がフォローすることも大切である。

“社会・市場との対話”、そして“組織・事業の柔軟性”が未来を創造する

「100年に一度の大変革期」と言われる自動車業界だが、大きな流れはカーボンニュートラル(CN)の達成である。その中核が自動車の電動化であり、当社もBEV(バッテリーEV車)の事業を10年以内にやり遂げると宣言し進めている。この道筋をしっかりつけていくのが私のミッションであると心得ている。加えて、日本の自動車産業が負けるわけにはいかない、という強い使命感を持って臨んでいる。
一方で、まだこの先社会や市場がどう変わっていくのか、見えにくいのも事実である。様々な方向性・手段を柔軟にラインナップし準備しつつ、社会・市場と対話としながら方向性を定めていく必要があろう。まさに、経営に高度な“柔軟性”が求められている。企業の規模が大きいほど、この柔軟性を持つことが難しいのだが、対話を通じて社員の不安を解消しつつ、ベクトルを合わせて組織の力を結集させていきたい。

経営者の決断の正しさは時代・歴史が決める

社長は孤独であるとつくづく感じる。いろんな意見が出るものの、最後は自分で決断しなければならない。社長の決断にはだれも反対はしないが、その決断の正しさは誰も教えてくれない。自分の判断・決断が正しかったのか否かは、時代が決め、歴史がそれを証明するのだろうと思う。過去に当時の社長が大型投資の意思決定を複数行い、それが原因でその後経営が大変苦しい時期があった。当時、意思決定した社長は、周囲から激しく非難をされていたが、実は、その大型投資で開発した技術や事業が、今の当社の経営を支えており、あの時の意思決定は正しかった、当社の今をつくったのだと評価されている。経営者の評価とはそのようなものだと心得ている。

エグゼクティブ・マネジメントコースに参加して

(2022年12月21日)

中田卓也氏
2002年度「エグゼクティブ・マネジメントコース」修了
中田 卓也 氏
ヤマハ株式会社 取締役 代表執行役社長
多様で破天荒な同期との出会いで、「井の中の蛙」だと気づく

2002年、社命によりEMCに参加しましたが、当時は大変多忙だったため、正直、最初はネガティブな気持ちで出席していました。「なぜ今、私が参加せねばならないのか」と上司や人事に不満を漏らしたことを覚えています。しかしながら、多種多様な業種・職種のリーダー達と出会い、意見交換を繰り返すうちに、自分の意識は大きく変化していきました。受講開始から3か月くらい経ったころだと思います。
私はヤマハしか知らずにいたため、自社の常識が経営の常識だと思っていたのですが、他社の経営手法や発想・考え方に触れ、自分がまさに「井の中の蛙」であることに気づかされました。また、私は当社の中では“弾けている”ほうでしたが、EMCにはもっと“弾けた”、破天荒な仲間がたくさんいました。海外合宿(中国)に行った際には、公式の研修プログラムでは飽き足らず、メンバー同士で話し合ってプログラムを加え、学びの機会を増やしたこともありました。

思考の柔軟性、多面的・複層的視座など、経営の判断軸を獲得

今思えば、自分の知見が大きく広がった1年でした。ものの見方・考え方の多様さ、また哲学・文化・歴史等の認識を持つことの大切さを教えていただきました。このような人文科学等の学びも非常に有益だったと思います。
このコースでの経験は、その後の私の経営観にさまざまな影響を与えました。考え方に柔軟性が生まれ、多面的・複層的に物事を見て判断・決断ができるようになったのは、EMCを受講したおかげだと思います。また、新たなメッセージやコンセプトの創造、あるいは事業構造を見る目にもコースでの学びが役立っています。それまで、製品の価格は「原価+利益」をベースに決定していましたが、他社の高収益事業の構造分析を通じ、「顧客価値」を基軸に考え直すようになりました。まさに“価値創造経営”の視点を獲得したといえます。

当社商品は「人間必需品」。世界中の人々のこころ豊かなくらしのために

今はまさにサステナビリティ経営の時代。様々な企業が社会をよくするための取り組みを発信しています。以前は、企業には利益追求が求められていたので、あまり「社会のために」とは言いづらい面がありましたが、時代が変わり、今の企業にはSDGsなど社会課題の解決が求められています。ある意味、「あるべきところ」に戻ってきた感覚です。これからのリーダーは、どんどん利他のメッセージを発信し、周りを元気づけることが必要だろうと思います。
ちなみに私は、当社の商品は「人間必需品」だと言っています。生活必需品ではないけれど、人間が人間らしく、こころ豊かに暮らすためには、音・音楽が必要不可欠なのだ、と。これは、ある日ふと口をついて出てきた言葉ですが、こういったメッセージの背後にも、EMCでの学びが息づいているような気がします。

リーダーに、仲間を“その気”にさせる「熱量」はあるか

経営者の仕事は、企業価値を最大化すること。そのために必要なことは何でもしなければなりませんが、中でも、私は「働く仲間を“その気”にさせる」ことが最も重要だと考えています。仕事の成果は、その人の「スキル」×「パッション(熱量)」で決まります。リーダーシップに置き換えると、リーダーの「熱量」の大きさが、メンバーの納得感ややりがいを引き出し、大きな仕事を成し遂げる原動力になるのです。
もう一つの重要な要素が「好奇心」です。これから経営者を目指す人たちには、好奇心を持って自分を刺激し続け、自身の枠を飛び越え、壊すようなチャレンジをどんどんしてほしいと思っています。そのためにも、相互に刺激し高めあう仲間や同志の存在が必要なのでしょう。

EBLアドバンストマネジメントコースに参加して

(2022年9月20日)

山口 賢二 氏
2015年度EBLアドバンストマネジメントコース修了
山口 賢二 氏
メタウォーター株式会社 代表取締役社長
1.日本能率協会「JMAマネジメント・インスティチュート」(JMI)ご参加のご感想・思い出などをお聞かせください。
(参加を通じて役に立ったと感じたこと、社長の仕事で活かされている等)
他流試合の場に参加し、経営について大いに語り合う

2015年の執行役員就任時、人事部門からの勧めでJMI「EBLアドバンストマネジメントコース」に参加しました。事前課題が多く大変でしたが、異業種のメンバーと企業経営や事業運営について気兼ねなく話し合えたことが良かったです。また、講師も考え方や理論の押し付けをせず、正解はない問いを参加者に考えさせるスタイルで、自分にとってしっくりきていて、とても有意義でした。

企業のミッションやリーダーとしてのパッションの大切さ

何よりも、企業の存在意義・目的を明らかにすることや、パッションをもって組織を動かすことの大切さなど、経営者としての“気持ちの持ち方”について学ぶ機会となり、のちに(2021年に)社長に就任して、それらの考えが非常に役立っています。
現在は「パーパス経営」が大事と言われる時代ですが、声高に言われる以前からその大切さをコースの中で学ぶことができました。退屈な研修も世の中にはあるが、このコースは時間がもったいないと感じることが全くありませんでした。

2.社長としてどのような組織づくり・人づくりをお考えですか。
部下・メンバーの個性や強みを最大限引き出すマネジャー育成

よくあることですが、役職が上がると、それが自分の能力だと勘違いする管理者・幹部がいます。「自分は優秀で部下は未熟」だと思ってしまうのですが、それは良くないです。ポテンシャルの高い部下は多いし、世の中自分よりも優秀な人間はたくさんいます。大事なのは、部下の個性や強みを良く見て、その強みを引き出してあげること。育てるのではなく、育つことを支援するのが上司の役割でしょう。そういった謙虚な気持ちで部下と接してほしいです。上から抑えつけるようなマネジメントでは、部下は自分の器以上には成長しません。

自分の役割範囲を越境し、“自責で課題解決に挑む”人材・風土づくり

それから、自分ののりしろを多く持ち、活用してほしいです。のりしろとは、自分の役割範囲を超えて活躍すること。組織が大きくなると、いわゆる「ポテンヒット」のような事態が起こります。複数の機能・部門の丁度間に位置する問題を、双方が他責にして拾いに行かない、という状況です。当社にも大企業的な風土、即ち、部門間の壁がどうしても存在します。それを取り除き、互いに相手のことを気遣い、“お互いさま”で助け合う関係をつくる。誰かがミスをしてもカバーしあう体制。そういった企業風土が私の理想です。そのためには、人に関心を持ち、他部門に関心を持ち、人のせいにしない、自責で問題を発見・解決する姿勢が不可欠です。これを当社の強み(差別化ポイント)にしていきたいと思い、取り組んでいます。まさにこれが当社の“人的資本経営”の根幹です。

“損して得取れ精神”の体現

また、私の信条として、“損して得取れ精神”があります。先にこちらから相手にとって良いと思うことをしてあげる。その姿勢が、その後の良い関係、良いビジネスを創っていると信じています。私は日頃からこの考えを社員に伝えています。また、海外M&Aを行う際にも、この日本的な考えを理解してもらえる素地のある会社を選ぶようにしています。海外企業には理解が難しいと思うでしょうが、理解のある企業も存在ます。これは当社の海外事業展開の重要な視点の一つであり、当社にとって“素性のいい会社”選びのポイントともいえます。

これからのリーダーに必要な力とは

部下に仕事を任せ、上司は黙って耐えること、あれこれ口を出したくなるでしょうが、上に立てば忍耐力が必要。“放任”でも“手取り足取り”でもダメ。どうやったらうまくいくか、しっかり部下に考えさせ、気づかせること。そのために、部下をしっかり観察し「人材の見極め力」を養うことが上に立つ人には求められます。
また、知識でものをいうのではなく、「知識+経験=知恵」が必要でしょう。知識だけでは人は動きません。経験・思い(情熱)を入れて働きかけ、部下に達成感を感じさせます。
以上、整理すると、「忍耐力」「考えさせる・気づかせる力」「達成感」「情熱」「見極め力」が大切だと思っています。

3.最後に、今後取り組むべき重要な経営課題や自社の方向性について、お考えをお聞かせください。
「世のため・人のため」の役目、日本の資産を後世に残す

当社は、水・環境インフラの課題解決に取り組んでいます。上水道・下水道は、私たちの生活にとって無くてはならないインフラですが、日本は今人口減少に向かっており、水インフラの維持のためのヒト・モノ・カネの経営資源がすべて不足しつつあります。地方自治体では、従事する担当者の人員減、また、人口減少に伴う財源の縮小(財政難)により、インフラ維持が危機に直面しています。この状態を改善するため、私たちのような民間の力で、住民が安心して暮らせる社会の構築が必要です。その役目を、当社はしっかりと担っていかねばなりません。
この重要な社会課題の解決に資する人材を育て、事業を広げていくことが重要な課題であり、私たちの使命だと考えています。活躍範囲は日本にとどまらず、海外にどんどん広がっています。まさに「世のため人のため」の仕事。情熱をもって取り組んでいきたいです。良い日本の資産を後世に残す、そういった仕事をこれからも当社一丸となって続けていきたいと思っています。

エグゼクティブ・マネジメントコースに参加して

佐々木 一郎 氏
2003年度 エグゼクティブ・マネジメントコース修了
佐々木 一郎 氏
ブラザー工業株式会社 代表取締役社長

コースに参加したのは、私が様々な部署を転々としていた時期でした。2000年から商品企画部で1年部門長を務めた後、CS推進部が新たに立ち上がることになり、そこを任されることになりました。そこでは1年半務め、その後、品質保証のQM推進部門長に就いた頃にコースに参加しました。修了後2004年の10月に英国へ赴任することになり、2005年1月から現地販売会社の社長を任されました。

会社からは詳しい説明はありませんでしたが、研修費は高額だったこともあって、責任を感じながら参加したことを覚えています。私としては、他の会社の部門長クラスの方と交流できるのが非常に楽しみでした。もともと色々な人に会うのが好きで、他者・他社の考え方に触れることができるのを期待して参加しました。

優秀な方が多く素晴らしい出会いがありました。ものすごく刺激を受けましたね。当社と全く違う業界の方もいて「ビジネスや仕事に対する時間軸が随分違うな」と感じたことを思い出します。

ケーススタディは印象的でした。他社で実際に起きた経営課題を学ぶことができたからです。「この課題に対して、自分はどう対応するだろうか?」「自分はこのような判断はできるだろうか?」と、自分に置き換えて考えました。非常に勉強になりましたし、面白かったところです。
当時私は部門の責任者でしたが、入社した時から経営的な課題には関心があったので、企業が経営課題に対してどのように対応してきたかを学ぶのは、経営的な視点を身につけるのに役立ちました。その後の私の仕事にも活きていると思います。

私は研修を受ける前から、経営は時代の変化や市場の変化に敏感に対応しなければならないと強く感じていました。このコースでケーススタディに取り組み、自分が経営側に立ったとき、どの様にしなければならないのかを現実として考えることができました。その時初めて経営者側の気持ちが少しわかった気がします。ケーススタディは過去の実例であることに価値があります。絵空事や教科書に書いてある理論ではありません。本当にためになりました。

合宿のこともよく覚えています。私の時は、海外合宿は上海で、国内合宿は長崎県のハウステンボスでした。当時、ハウステンボスは危機的な経営状況にあり「どうすればもっとお客さんが来るのか」を考えるという課題に取り組みました。現地に行き、皆で意見を出して立て直し案や集客案をチームで作り、ハウステンボスの方たちの前で発表するというプログラムでした。私たちなりに一生懸命考えて案を発表しました。
しかし、コースが終わってから数年後に、なんのことはなく、HIS社がイルミネーションなどの施策で集客を増やし、立て直しを成功させました。それを見て、改めて研修時の自分たちを思い出すと、そのような発想はなく、魅力作りの視点が欠けていたと気づかされたのを覚えています。

また、教養分野のプログラムも印象に残っています。「遺伝子」の講義がありました。ビジネスとは全く違う分野ですが、役立つ考え方が得られると実感しました。特に最先端の技術の話は示唆に富むことが多く、違う業界でも活用することができます。
結局、常に考えているかどうかが大事だと思うのです。なぜ考えるかというと、問題をなんとか解決したいからです。解決策を考えるとき、色々な材料があった方が様々な解決策を立てることができるので、全く違う分野の考え方もとても勉強になることが多いです。

大きな方向性を決めて、社員がそれを自分事として捉え、やる気を出して取り組むことができる、その環境を作るのが社長の仕事なのではないかと思っています。 また、その役割を果たすために、短期的には恨まれるような判断も、会社の将来を考えてしなければいけないのも社長の仕事です。やむをえず厳しい決断をしなければいけないこともあるかもしれません。そうした時は、当然、従業員の中にショックが起きます。時間が経ってようやく「あの時の判断がよかったんだ」と思ってもらえるようにしなければなりません。社長はそういう役割だと思っています。

常に学び、時流を読むことです。経営者自身が世の中の流れを勉強して、将来を予測しないといけません。そうでなければ会社は判断を誤ります。新しい技術を勉強しておかないと、それがどのようなものなのかを判断することができません。 また、人が嫌がる決断も下すことができなければいけません。社長の仕事は従業員全員の幸福を最大化することだと思っていますが、時には厳しい決断もし、実行していくということだと思います。

多様な経験をさせることが大事です。いろんな部門を経験することで、初めて各部門の気持ちがわかるようになります。その経験を積まないと、会社を経営することは難しいと思います。どのように視野を広げてあげるかが大事です。 その延長線上でこのコースのような研修を経験して、他社や他者を知る、そうすれば、さらに勉強になります。「こういう業種の人はこんな考え方をするんだな」「こういうところに注目して仕事をしているんだな」と気づくことができます。そういう経験が、自己成長のために非常にプラスになると思います。

エグゼクティブ・マネジメントコースに参加して

ニチレイ 大櫛 氏
2013年度 エグゼクティブ・マネジメントコース修了
大櫛 顕也 氏
株式会社ニチレイ 代表取締役社長

当時のことは今でも良く覚えています。非常に刺激的で、新たな気づきを得ることができました。特に、思考することの大切さを学びました。 この研修ではさまざまな業界から参加者が集まります。自分とは全く違う考え方の人に出会うことができます。それがすごく刺激的でした。 自分たちの業界では大事だと思っていることが、その方にとっては大事ではなかったりします。逆に、その方が大事だと思っていることが、私にとっては些細なことだったりする。おかげで「本当に重要なこととは何か」を考えるようになりました。研修期間中、そのことをずっと考えていました。

今、振り返るといい思い出ですが、研修中は大変でした。 必読書を読まなければいけないし、課題も多かったので、きつかったです。大変でしたが、しかし、とても楽しかった。 地方合宿で企業を見学したこと、みんなで懇親したこと、海外視察でミャンマーに行ったこと等、今でも鮮明に覚えています。とても印象深い研修でした。

社長の仕事は、「企業価値を継続的に向上させていくこと」だと思います。どのように会社の価値を上げていくのか、その方法を考え実現していくことが私の大きなミッションです。 社長になったから、全く違う能力が必要になるとは思っていませんでしたが、就任時は不安を感じることもありました。 しかし、時間は限られている。「足りないと思う部分は補うしかない」と考えるようになりました。 そのため、社内では、色々なことを議論します。それらを判断材料にして意思決定するわけですが、最終的に判断するのは自分であり、そのプロセスで「深く考える力」が必要になります。まさに、研修で気づき、学び、鍛えられたところですね。

現実的には、判断するのが難しい課題もあります。時代によって、最適な答えが変わることもある。難しい判断を下した時には、このように考えて決めたのだということを次の世代に伝える必要もあります。 そして、もし間違いに気づいたら、それを軌道修正することも大切です。長期的な視野で経営をしていますから、長い目で見たときにその決断がボディブローのように効いてきます。意思決定における意識や行動は以前から必要でしたが、社長になってさらに必要になったと思います。

長くもないが、決して短くもない、研修コースの期間中、物足りなさを感じることはありませんでした。各講義のテーマや先生方の話す内容も濃く、素晴らしかったです。日常業務で忙しい中、ギリギリ詰め込んで学んでいく、そこが鍵だったような気がしています。 私は研修を通じて「自分で深く考えること」がいかに大事であるかを学びました。参加される方は、研修を通じてそのことに改めて気づき、学ぶことができると思います。

エグゼクティブ・マネジメントコースに参加して

宮下 正裕 氏
1996年度 エグゼクティブ・マネジメントコース修了
宮下 正裕 氏
株式会社竹中工務店 取締役会長

私は、第7期生(1996年度)としてエグゼクティブ・マネジメントコースに参加しました。

当時を振り返ってまず思い出すのは、約9カ月という長期間にわたって真剣に議論をした光景です。当時は特に「経済のグローバル化」が謳われ、「日本の空洞化」が問題視されるなど、現在と同様に、将来の不透明感が強い時代でした。そのような状況で、事業の責任者として第一線で普段はとても忙しいメンバーが、仕事を離れ、長期間膝詰で徹底的に議論を行いました。業種や個人によって時代認識や問題意識は様々です。9カ月という長い期間の議論は、当然表面的な内容では収まらず、本質的な議論に及んでいきます。気が付けば、時間を忘れて互いに譲れない激論を戦わせるような場面がよくありました。こうした経験を通じ、一つの事象に対して多様な考え方があることに改めて触れ、多面的で柔軟な物の考え方を深めることができました。

現在もコースコンセプトになっている「世界観・歴史観・人間観」というテーマは、一見経営とは関係のないように思えますが、宇宙や哲学等々さまざまな物事を幅広く知る良い機会になりました。日常業務に追われ、専門分野以外のことをゆっくりと考える時間が少なかった当時の私にとって、とても貴重な時間が持てました。コースの受講を通じて、様々な事柄に興味を持ち、自分の枠から抜け出して広い視野で物事を捉えることができるようになったと思います。

社会全体の価値観や企業に求められるニーズは、時代の流れとともに高度化、複雑化し続けており、また、変化のスピードも速くなっています。これから経営者を目指す人は、「変化に対する敏感な感性」を持つことが重要だと思います。当社においても『伝統と革新』という考えが浸透しています。良いものを守り進化させていくと共に、変化を見極めて自らが積極的に変わっていくことも重要です。

当時のメンバーの方々とは今でも時々集まって、昔のように議論をしながらお酒を酌み交わしています。研鑽し合える多くの仲間と出会えたことは何よりも最大の収穫でした。今振り返っても、本当に思い出深く、有意義な受講コースであったと思います。

Global Business Leader Program(GBL)に参加して

川名 浩一 氏
2004年度 Global Business Leader Program修了
川名 浩一 氏
日揮ホールディングス株式会社 副会長

2004年、Global Business Leader Program (GBL)に第1期生として参加しました。白状しますと、既に15年間海外駐在を経験していた当時の私には「忙しいのに何を今さら」という思いもありましたが、じきにカルチャーショックにも似た感慨が私の不遜な考えを吹き消しました。自分の常識でしか世界を見ていなかった私にとり、異業種の仲間が放つ言葉は新鮮かつ複眼的で好奇心を刺激しました。

多様な世界を実感し、ビジョンやミッションといった経営の根幹を担う重要課題を強く意識したのもGBLがきっかけでした。講師や仲間の教養の高さに舌を巻き、読書の習慣を身につけ、深く本質を捉え、積極的に発信することの大切さも学びました。そして何よりも仕事や日常から離れた特別な時空を共有し、互いを励みとする生涯の仲間を得たことの意味です。「我ら40s」と言っていた私たちも今や還暦を迎え“坂の上の雲”を追い続ける仲間との酒やゴルフもまた人生の味わいを深める豊かなエッセンスになっています。

「一姫二十五太郎」(日本経済新聞:2016年7月13日交遊抄より)

西井 孝明 氏
事業創造・イノベーションコース(旧マーケティング戦略コース1997年度修了)
西井 孝明 氏
味の素株式会社 代表取締役 取締役社長 最高経営責任者

山一証券が経営破綻して廃業した1997年。日本能率協会が開いた異業種交流の研修会で、現在、キリンビバレッジ社長の堀口英樹君と出会った。研修会には電機メーカーや不動産、電力会社など様々な業種から、マーケティング担当者が集まっていた。

9カ月間、勉強会や企業視察などを続けるなかで、2歳年下の堀口君の分析力、指摘の鋭さに舌を巻いた。同じ食品業界から参加していたのは私と堀口君だけで自然と競争心も湧いたが、嫌みな所がなく憎めない人柄に、すぐに打ち解けた。

研修会終了後もメンバーで年に3、4回のペースで同期会を開いている。女性1人、男性25人の集まりで、「一姫二十五太郎会」と名付けた。図らずも、この仲間とは山一証券の破綻から始まる「日本の失われた20年」という時代を共有した。いま、私は社内外のどこに行っても緊張感のある立場だが、このメンバーと会うときだけはリラックスできる。企業名や肩書を超えて話し合える気の置けない仲間だ。

堀口君とは互いに海外赴任しているときも連絡を取り合い、刺激し合ってきた。今でも頻繁にメールでやり取りをするが、やっぱり顔を合わせて話をするのが一番だ。またみんなで集まる日を楽しみにしている。

リーダーのためのリベラルアーツコースに参加して

(2022年12月19日)

岡澤氏
2016年度リーダーのためのリベラルアーツコース修了
岡澤氏
日置電機株式会社 代表取締役社長
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