挑戦する経営者のリーダー論 ~経営者コラム~

挑戦する経営者のリーダー論 ~経営者コラム~

ベアーズ創業者 取締役副社長 
髙橋ゆき 氏

たかはし・ゆき
1969年生まれ。写真家の父と起業家の母の間に生まれた。短大卒業後、IT会社を経て母が経営する出版社に勤務するも、26歳のときにその会社が倒産し、破産処理を引き受けた。95年に香港の商社に勤め、帰国後、99年にベアーズを夫の健志氏と一緒に設立。専務を経て、16年に副社長に就任。著書に『感情の折り合いをつけられる女(ひと)は強く美しくなる』(2015年、明日香出版社)。

「未踏の時代のリーダー論」(日本能率協会「編」:日本経済新聞出版社 出版より抜粋)

ぶれない信念で「社会と人の心」にインパクトを与えよう

家事代行業の草分けであるベアーズ。
自身の子育てからメイドの必要性を痛感し、夫である髙橋健志社長と共に会社を設立。
日本に家事代行サービス産業を確立させた創業者の思いとは──。

楽しい家庭や、いい夫婦関係を築いてほしい

ベアーズが生まれた1999年当時、家事代行サービスはお金持ちの特別なサービスと思われていました。しかし、2011年頃から誰もが使うサービスという正しい理解が広まり始め、ベアーズのサービス利用も2012年以降、右肩上がりで伸び始め、毎年10~20%増で、昨年度の利用件数は年間40万件に達しています。2018年度は少なくとも50万件以上になる見込みです。

家事代行サービスを提供する会社も増えてきており、すでに淘汰の時代に入りました。私たちはいまこそ、チャンスだと考えており、お客さまの期待を超える家事代行サービスに進化させるときだと思っています。

家事代行と言っても掃除や料理だけに限定する企業もある中で、ベアーズは掃除、料理、洗濯・アイロン、子守り、買い物、庭の手入れなどトータルにサポートします。

最近ではお客さまの利用方法も多様化しており、ご主人が出張にいくときに荷物をパッケージしてほしいとか、受験を迎えたお子さんのためにお弁当をつくってほしいなどとパーソナライズされたサービスが増えています。仕事で忙しい女性が暮らしに潤いが欲しいと、毎週、お花を買って生けてほしいというご依頼もあります。単なる家事の片付けではなく、各家庭でそれぞれの思いをかなえるためのサービスに進化しつつあるのです。

もちろん、私たちは生け花などのプロではありませんから、その分野での完璧なサービスはできませんが、わが社のスタッフである「ベアーズレディ」たちは自らの人生経験を活かしてお客さまの要望に応えるよう努力しています。

例えば、お子さんに野菜をなるべく食べさせたいというお母さんの思いに応え、野菜たっぷりのおいしいハンバーグをつくったベアーズレディがいます。野菜嫌いのお子さんでしたが、すっかり気に入って「よしだバーグ」と呼ばれる料理の定番になりました。こうした例は枚挙にいとまがありません。

現在、ベアーズレディは5200人おり、そのほとんどはパートタイム契約のスタッフになりますが、誰もがベアーズのポリシーを理解し共感している人たちばかりです。

家事代行サービスもの普及によって、女性の社会進出や地位向上に役立っていると感じていますが、そのサービスは決して男性と肩を並べて働く女性のために意図したわけではなく、仕事や子育てに忙しい女性たちに心にも身体にもゆとりを持ってもらって、楽しい家庭やいい夫婦関係を築いてほしいと願ってのことです。

またベアーズのスローガンは「女性の“愛する心”を応援します」であり、愛する心としなやかな強さを持つ女性たちのために貢献したいと思っています。いつも楽しくワクワクしている女性たちが増えたら、男性にとっても楽しくワクワク過ごせるのではないでしょうか。

私にとって愛する心とは、例えば通勤時にふと見かけた何気ない光景、子どもたちや草花や子猫に慈しみやときめきを感じられる心です。ベアーズレディたちもお客さまのお宅を訪問したときに愛する心を持ってほしいといつも言っていますし、私自身も社員やベアーズレディたちに愛する心で接しています。

実は2016年に専務から副社長になったのも、そのためです。私の肩書は副社長の他にCVOとCLOがありますが、前者はチーフ・ビジョナリー・オフィサー、後者はチーフ・ラブ・オフィサーの頭文字です。

“ビジョンと愛”を広げるのが私の仕事であり、2011年の時に10カ年計画を立てて走ってきました。いま、8合目ぐらいまで来て、感性と自発性をもった社員たちが育ってきました。

「リスクは自分」からの発想

私の夫であり社長である健志と共に創業以来、家事代行サービスを産業化し、新しい暮らしのインフラをつくることを目標にがむしゃらに突っ走ってきました。社員は218人(2018年9月末時点)にまで増え、契約社員・パートアルバイト(ベアーズレディを除く)を入れると569人になります。お客さまはもちろんですが、社員やその家族、ベアーズレディたちステークホルダーのことを考えると、ベアーズをつぶしてはいけないと強く思うようになったのです。それは、日本にとっても試練の年であった2011年、私はこの会社にとってのリスクは何かと考え抜いたのです。

サービスを担う人材の不足という問題もありますが、産業としては成長することは間違いなく、リスクは見当たりませんでした。しかし、あるときリスクは自分自身だと気づいたのです。自分一人で社内を仕切り、私の代わりになる人を育てていませんでした。いままで事業継承をあまり考えてこなかったのです。これはまずいと思い、私はCVOとCLOに徹し、部下に仕事を分割して任せるようにしました。彼らが育ってきて、いまでは自発的に動いてくれるようになりました。

これまでの採用では「明るく元気で素直な人」を求めてきました。「明・元・素」がいまでも合言葉ですが、それに加えて感性のよさが求められます。地頭ならぬ「地感性」と言っているのですが、考える力より感じる力、いわゆるセンスを身につけている人が必要です。

新卒採用でも地感性のいい人を求めていますが、入社後、最初に感性が試されるのがベアーズ大運動会です。もともと、私が運動会をやりたいと言っていたら、2012年に突然、社員たちが運動会を企画し、大きな体育館を借りて全社員で実現したのです。

開催日の前日まで仕事に追われてピリピリしている中で、本当にできるのかなと思っていたら、当日、みんな元気に楽しんでおり、その光景を見たら涙が出てきました。そんな私を胴上げまでしてくれて本当に感激しました。毎年5月に開催していますが、現在は新入社員が幹事を担当しています。入社して間もないのに新入社員だけで仕切るのですから大変ですが、先輩たちと深く交流するようになり、たちまち成長するので、頼もしい限りです。

もう1つ、社員たちの成長を実感する場が、毎月開催する「マンスリー・アワード」です。半日を費やし、東日本と西日本で社員が一堂に会し、毎回、涙なくしては見られません。

まず、全社の業績を説明し、社長の講話や人事異動の発表などの後に、頑張った社員たちの表彰を行います。「リボン賞」と「スローガン賞」があるのですが、前者は朝礼時に感謝の気持ち(リボン)を仲間に渡し合うもので、1カ月でもらったリボンが最も多い人を表彰します。

後者の賞は、ベアーズらしい行為を体現した社員(わが社では“ベアーズびと”と呼ぶ)を選考委員会で選んで表彰します。もちろん営業成績のような数字だけではなく、管理部門も対象です。

お客さまからの感謝のレターなどの紹介もあり、担当のベアーズレディの前で読み上げると、うれしさで涙を流し、他の人たちももらい泣きしますね。前述した野菜たっぷりハンバーグの「よしだバーグ」もマンスリー・アワードで紹介されました。

毎月、単なる業務を超えた感動が生まれており、社風とモチベーションを支えています。

新しい雇用のスタイルを創造

ベアーズは2つの価値創造を目指しています。1つはこれまでお話しした「新しい暮らし方の提案」、もう1つは「新しい雇用の創造」です。

ベアーズレディの働き方は多様性を最大限追求し、休職と復職は自由です。社員からパートになったり、また社員に戻るにも制約はありません。働きたいときに働きたいだけ働き、事情があれば休んでも構いません。家事代行業界ではスタッフが絶えず不足しており、ベアーズが5200人ものベアーズレディを抱えているのは奇跡的だと言われています。それは、こうした究極の働き方改革を実現しているからでしょう。

雇用の創造という意味では、チアダンスとオーケストラの実業団チームを持っていることも挙げられます。「ベアーズレイ」というチアダンスチームは2017年に発足しましたが、現在部員は12人、来年度入社で19になる予定です。3年がかりで日本トップクラスのコーチと部員を集め、あと数年でアメリカ大会優勝を狙える位置にあります。日本で、チアダンス実業団チームを持つ会社は2番目で、現在はベアーズしかありません。

なぜ、実業団チームを立ち上げたかと言えば、仕事とチーム活動のダブルキャリアを持つタフな人材を幹部候補生として育成する人材戦略のためです。部員たちは、昼間はベアーズレディとして働き、夕方から練習します。どちらのキャリアもプロを目指す精神面も肉体面も有能な人材です。

お客さまも彼女たちがチアダンスで世界の頂点を目指していることを知っており、応援してくれています。大会を見に来てくれる方々もいらっしゃいます。そうなると、単なる家事代行サービスのスタッフとお客さまの関係でなく、人生や夢、喜びの体験を共有することになります。

それこそ、ベアーズが社会に提供したい価値であり、新しい雇用の形です。

ベアーズのサービスには3タイプあり、最もお手軽な「ベアーズパック」は1時間2350円で月2回の利用が中心。最も人気があるのは「デラックスプラン」の1時間3300円で週1回3時間の定期的利用が標準的です。

最高品質の「ロイヤルプラン」もいま伸びており、1時間6500円ですが、社員および契約社員のみ担当し、ベアーズレイの部員たちも活躍しています。シニア層のご利用が多く、ご子息からの依頼で安否確認を兼ねながら定期的に訪問し、生活の支援を行います。介護保険ではまだ自立支援領域については、サービスの提供が行き届いてなく、その代わりにベアーズの家事代行サービスを利用してもらっています。

お客さまのうち45%が30~40代の共働き夫婦であり、残りが専業主婦、独り暮らし、シニア世帯となっています。

さらにB to Cだけでなく、B to B to Cのサービスもあり、大手のセキュリティ、鉄道、不動産会社、百貨店に対しても家事代行サービスをOEM供給しています。

ユーザー企業が顧客に対して付加価値の高いサービスを提供したいということで、暮らしをサポートする私たちの仕事を評価してくれ、現在、530法人と取引しています。大手企業とアライアンスを組むことで、サービス品質や意識の向上にもなり、また取引先企業も家事代行サービスを宣伝してくれたので、市場の拡大にも効果的でした。

香港で出会った奇跡のメイド

私たち夫婦がこのサービスを開始したきっかけは、香港にあります。現地の中堅商社の社長と知り合いになり、1995年から夫と一緒に香港で勤務したのです。ところが、いざ仕事が始まったときに私の妊娠がわかり、辞めてくれと言われるのを恐れながら社長に話すと、意外にも喜んでくれ、メイドの助けを借りて働いたらどうかとアドバイスしてくれたのです。それまでメイドなんてお金持ちのものだろうと思っていたのですが、スーザンというフィリピン人のメイドさんは想像以上に私の支えとなってくれたのです。

当時、彼女は30歳ちょっとで、5歳の男の子の母であり、異国での初めての子育てで不安いっぱいの私のよき相談相手となり、単なる家事手伝いではなく、人生のよき友人になってくれたのです。

彼女のおかげで4年間楽しく働き、1999年に帰国すると第二子の妊娠がわかりました。東京でも第2のスーザンを見つけようと思ったのですが、当時の東京にはハウスクリーニングと家政婦紹介所しかなく、どちらも頼んだのですが、私たちが香港で体験したようなサービスではなかったのです。あきらめて家事や育児をしながら仕事を続けていると、夫が「お前、ブスになったな」と鬼のような一言。いつも明るい私に笑顔がなくなっていたという状況でした。夫に「スーザンが見つからない」と嘆くと、驚いたことに「それなら自分たちで産業をつくろうよ」と言うのです。

こうして思いもしなかった起業を1999年に果たしたのです。ベアーズという社名は夫が大好きだったアメリカ映画「がんばれ!ベアーズ」から取りました。問題児を抱えた弱小チームが奮起して強くなるという内容で、私たちによく似ていたからです。

創業後、私自身がベアーズレディになり、スーザンを目指しましたが、なかなか仕事の依頼は来ません。毎月20万~40万前後の売上で、家やオフィスのクリーニングや他社に出稼ぎに行ったりしながら会社を維持しました。死にそうなほどつらかったですが、新しい産業をつくりたいという思いでやってきました。ふと気づいたら20年近く経ち、ようやく産業の確立に近づいたのかなと思っています。

「そこに愛はあるか」

業界の人手不足を解決するために、政府に働きかけ、2016年には国家戦略特別区で家事支援外国人受入事業が認められ、東京、神奈川、愛知など全五エリアで特定機関の認定をもらいました。ベアーズは全エリアで認定をいただきました。

現在、フィリピンから115人のベアーズレディを受け入れています。フィリピンにも拠点を置き、家事代行サービスや日本語教育なども行っています。とても優秀で愛を持った人たちなのはうれしいのですが、賃金や採用、教育、生活支援、管理などの事業者負担が重く、人数を増やすのはそんなに容易ではありません。人手不足は深刻になっているので、ベトナムやインドネシア、ミャンマーなどにも広げるために、もっと規制を緩和してほしいと願っています。

また、2013年には同業他社に呼びかけて、一般社団法人全国家事代行サービス協会という業界団体も立ち上げ、私自身副会長を務めています。現在の目標は家事代行サービス従業者の国家資格制定で、それに向けて活動しており、さらに世界の団体を束ねて国際連盟もつくりたいと思っています。

若い起業家の皆さんに言いたいことは、夢はダイナミックに持ち、社会にそして人の心にインパクトを与えるような目標を持ってほしいということです。私たちは日本になかった概念と習慣を自分たちの体験から社会に必要なものだと確信し、20年かけて産業を確立してきました。ブレずに信念を持って進めばかなうものです。創業時、お金がなく区営住宅の一室にフリーダイヤルの電話を引いて仕事を始めましたが、当時から家事代行サービス産業をつくるんだと大きなことを話し合っていました。だから、人の心と社会にインパクトを与える仕事をしてほしいと思います。

創業だけでなく仕事とは、自分の命を削りながら進めるものです。本当に自分の命を使うべきことなのか考えて納得すれば、人は強くなれます。会社を立ち上げて人を採用したら、その思いを社員たちとシェアすることが何より大切です。

私は経営者として、何か決断するとき、「そこに愛はあるか」を基準にしています。あらゆる選択で自分にそう問いかけ、その思いを社員と共有しています。

日本人は世界でも珍しく、誰かのために尽くす、互いに助けあう「互助」の精神を大切にする民族です。日本人のこの心は世界の経済発展と世界平和に必ず役立つはずです。若い人には世界に愛され、羽ばたける会社をつくってほしいと期待しています。

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